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血の晩餐、夢幻の果て

「う、……ぁ」
 小さな呻き声。可愛らしい顔が苦悶に歪んでいる。
 声を掛けても、ちらりと視線を投げ掛ける事しかして来ない。本格的にまずいかも知れない。
 此処最近血を飲んでいなかった上に、真昼間にあれだけの戦闘をすれば。
 名を呼ぶ。返答は弱々しい。
 仕方無く、彼の細い体を抱き上げて自分の首筋に彼の口を近付けてやった。しかしこの馬鹿は抵抗すら見せる。
「要らない―――」
 何を言い出すのか、この馬鹿は。
 馬鹿だとは知っていたがまさか此処まで馬鹿だとは。
 呆れて、最早悪態の言葉すら思い付かなかった。懐のナイフを取り出して、自らの首筋を浅く切る。
「ほら」
「ち、ちょ―――何して」
 慌てる声が、妙に愛おしい。
 薄く笑い、再び首筋を曝け出す。濃厚な血の匂いに誘われたのか、綱吉の唇が少しだけ動いた。
「……、―――」
 紡がれる、名。この男が呼べば、それは至高の。
 飲め。
 囁く。いつまでも下らない意地を張って、飲もうとしない馬鹿に。
 種族の違いが何だと言うのか。この身、この血潮が彼の糧となるならば、それ程嬉しい事もないだろうに。
 躊躇う彼にいい加減苛立って、自分の手首を先程のナイフで切り裂いて血を口内に含む。驚きに眼を見開いた綱吉の頭を押さえ付けて、唇同士をぶつけるように合わせた。
「……は―――」
 零さないように、少しずつ、血を彼の口の中へと注ぎ込んでいく。ごくり、と彼の喉が上下したのを確認、―――と同時に、綱吉の動きが急に荒々しくなった。
「ん、ふ、はぁ―――ッ」
 ぐい、と襟首を引っ掴まれて前傾姿勢になる。自分よりも小柄な体。
 足りないとでも言うように求めて来る、舌。彼の思うままに応えてやっていると、急激に己の体から力が抜けて行くのを感じた。
「……?」
 少し考えて、気付く。血だけでなく、生気も吸われている。
 馬鹿か、と呆れて。けれど今間違いなく自分の一部は彼の中にあるのだ。
 そう考えただけで、震えるような悦びを感じる。多分、自分はもう終わっているのだろう。
 互いの唾液を交換し合って嚥下する。恐らく綱吉は自分のしている事を理解してもいないだろう。理性が吹っ飛んで本能だけになって、或る種無防備な姿を己に晒しているのだ。
 なんて、愉快な冗談。
 血が全て綱吉の中に入った後も名残惜しそうに唇を舐められて、まだ血の止まっていない首筋へと口許を導いてやる。数分前までの逡巡は何処へ行ったのか躊躇い無く唇を近付ける彼に我知らず口の端を歪めていた。
「ん……」
 ぴちゃぴちゃと、水音が響く。流れ出ていた血液を舐め取って、それでも飽き足らないのか傷口そのものに舌を伸ばす。
「ッ」
 舌先で抉られるように傷口を舐められて、流石に痛みで体が強張った。息を飲んだ事に気付いたのか、ちらりと綱吉が視線を向けて来て宥めるように唇を重ねて来る。
 半ば以上圧し掛かられるような体勢になりながら、それを受けた。熱に浮かされたような表情を見ていると、こちらまで欲情しそうになる。
 絡んだ舌は血の味がした。唇を合わせる度に力が抜けて、そろそろ本気で自分の方が危ない。
 そう思い、軽く舌に噛み付いてやる。痛みに理性が戻ったのか一瞬だけ常の光を宿した瞳を見る事もせずに今までのお返しも籠めて責め立てる。
「ん、ちょ、待……! 何、だよ!」
 慌てて身を離した少年に、彼はにいと笑った。
 『何だ』だと? 随分とふざけた事を言ってくれる。
 信じられないくらい体がだるかった。腕も重いし頭も痛いし気持ち悪過ぎて油断すると吐きそうだ。
 自分で傷付けた手首と、傷口を広げられた首筋が灼熱を以って己を苛む。今まで自分のしていた事を思い出したのか顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しい彼に、思わず息を吐いた。
 顔色は先程よりも大分良い。
 自分の血は高いのだと言う事を、後程充分に思い知らせなければ。

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