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後でサイトに移しますが暫定的に《大賢者》リボツナ。

 漆黒の影が、執務室に入り込んで来る。
 それに視線を寄越す事すらせずに、綱吉は口を開いた。
「《識って》るよ」
 瞬き。
「―――」
 にやり。
「ほーお? 流石だな、《大賢者》」
「リボーン」
 最も忌む呼び名で呼ばれて、綱吉の声が低くなる。其処に本気の怒気を感じ取って、リボーンは降参だとでも言いたげに両手を上げた。
「怒るなよ、ツナ」
「怒りたくもなるよ」
 声は平坦で。自身の持って来た書類をちらりと一瞥して、リボーンは詰まらなげに鼻を鳴らした。
「まぁ言うなれば―――世の中馬鹿ばっか、ってか」
「馬鹿か如何かは判らないけど」
 机の、まだ未整理の書類の上に新しく投げ出されたそれを手に取り、綱吉は微笑む。
「悲しい、事―――では、あるよね」
「阿呆。マフィアの世界では裏切り騙しは日常茶飯事だろうが。一々悲しんでたらお前の方が壊れちまうぞ」
「それは無い」
 間髪入れず、妙にきっぱりと断言した綱吉にリボーンが首を傾げると、彼は口許を歪めた。
「俺は、―――《大賢者》だから。壊れるなら、産まれたその瞬間に壊れてる」
 或いは産まれる前から壊れていたから逆に壊れていないように見えるのかも知れないね、と。
 特に感慨を籠めるでもなく言い放つ綱吉にリボーンは盛大に顔を顰めた。
「このダメツナ」
「え? 何、いきなり」
「お前は誰かに馬鹿にされるくらいで丁度良いんだぞ」
「そりゃあ、まぁ、馬鹿なのは事実ですから」
 苦笑。―――にも似た、自嘲。
 如何やら本日沢田綱吉は豪く不安定らしい。来て正解だったと思い、いつも無駄に綱吉に引っ付いている守護者共は何処に行ったのかと思う。特に獄寺。
「あぁ、出張に行かせてる」
 質問をした訳でもないのに返される答えとその内容に、唇を引き攣らせる。
「何だ、情緒不安定」
 見られたくなかったのか? あいつ等に。
「子供じゃねぇんだからな、きっちり精神安定剤でも処方して貰え」
 何だったらシャマル呼び付けるぞ。
 半ば脅しのようなその台詞に、綱吉がうんざりと肩を落とす。
「別に、要らないよ。薬に頼るのは嫌いだ」
「万が一倒れでもしたら大騒ぎになるぞ」
「そんな事にならないって」
「昨日は? 食事したか?」
「――――」
 半秒呼吸が遅れた綱吉に、リボーンが呆れた視線を向ける。呆れる程の素直さ。
「お前、いっつも食わないからな。少し待ってろ、何か持って来る」
「わお、優しいね」
 この家庭教師様自らが食べ物を用意して下さるとは。
 最早抵抗など意味をなさないであろう綱吉に言える事は、そんな皮肉のみだった。こんな事なら来る事を《識った》時にさっさと逃げ出すべきだった、と後悔。
 ちらりと視線が向けられる。
「自分から遠ざけたクセに人恋しかったのか? 本当に不安定だな」
「―――さあね」
 そうだったのだろうか、と―――思う。
 入口に引き返しかけていた体を再び反転させて、綱吉に近付く。膝を付いてやや俯いたその顔を覗き込むと、眼が合った。
「……何?」
「ツナ」
「――――」
 応えは無い。リボーンも別に期待していなかった。
 この生徒は判っているのだろうか、と思う。仮令どのような形であれ、この自分が地に膝を付くなどというのは彼に対する時のみであるという事を。
 屹度判っていないのだろう。或いは《識って》いるのかも知れないが。それでも、その意味を考えた事は無いに違いない。
 淡い色彩の瞳。それが不意に揺らいで、泣きそうな、けれど慈愛に満ちた色を形作る。
「あぁ、ほら―――また、一人」
 緩く紡がれた言葉の意味を正確に察し、リボーンは口を開いた。
「誰だ?」
 彼の心を乱す不届者。ドン・ボンゴレに逆らう裏切り者には未来など無いという事を思い知らせるべきだろう。
「言わないよ。教えたら殺すだろう?」
「当たり前だ」
 言いながら、頭の中で裏切り者の目星を付けていく。大体の可能性を考慮していくと、その内二、三人に絞られる。
「お前って恐い奴だよなぁ」
 そんなリボーンを見ながら綱吉は笑う。
「お前程じゃねーぞ」
 言い返すと、綱吉は少し考えて首を傾げた。
「さあ、如何かな……うん、でもね。裏切りは仕方無いと思うんだ」
「仕方無いで済ますな」
「仕方無いで済ませられるんだよ、だって人間だから」
 醜くて汚くて穢れている。それを綱吉は知っているし、知る以前に《識って》いた。
「一見無垢な赤ん坊だってね。周囲の大人達を利用している。己の為に」
 人が己の為にしか動かないのは一種の本能なのだろう。だからこそ綱吉はその行為を嫌う。
「白い雪なんて何処にも無いのに」
 言った綱吉にリボーンは言葉を失う。そう言うお前こそが真実真白の雪なのだと、彼は思った。

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