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没原稿置き逃げ第二弾!

今確かめたら場面が終わってすらいなかったぜ!(殴)

 ちらりと、視界を白いものが過ぎった。
 それは確かに日常に別れを告げ非日常へと移り変わる幕開けの象徴であったが。
 それは確かに非日常足る日常を容赦無く加速させる意味合いを持ってはいたが。
 しかし、そんな瑣末な―――そう、取るに足らぬ瑣事など、彼女にとっては関係が無く、また実際関係したくともしようも無い事であったので、当然のように何の予感も無く気負いも無く、あぁ梅が咲いたなぁと、暢気にただそれだけを思った。
 日本では平安以前、『花』と言えば梅を指していた―――らしい。そう言われれば成る程、春を告げる花と言う意味では、桜よりも梅の方が適している感じがしなくもない。
 しかし彼女は、梅よりも桜の方が好きだった。特に枝垂桜は最高だ。どちらかと言えば彼女は、柳とか竹とか、しなやかさを感じられる樹木を好む。
 これは、彼女の大好きな年上の少女の影響が大きいだろう―――と、ふと思った。同時にその少女の事を思い出して、ぽつりと呟く。
「遅いな、ハル姉……」
 遅い、遅い、と何度か呟く。彼女は少女――夕焼真仁――にとって、血の繋がりは無くとも本物の姉のような存在だった。
 早く帰って来るって、約束したのに。
 今日は真仁の誕生日だった。本当の誕生日なんて判らないから、彼女が施設に引き取られた日を、便宜的に誕生日としたのだ。
 此処に来てから、十回目の誕生日。産まれた直後に捨てられたようだから、当然彼女はもうすぐ十歳を迎える事になる。
 八歳違いの、心から慕う姉。腰まである漆黒の長髪。なのに、前髪の辺りだけが何故か色素が抜け落ちて、白銀に輝いている。
 そして何よりも印象的な、夜色の眼―――。
 意志の強さを現すかのように煌めいているのに、夜の静寂をも内包した、深い瞳。下手をすれば引き込まれそうな、程の。
 惹き込まれそうな、程の。
 下手をすれば。
 上手くすれば。
 だから彼女は夜が好きなのだ。夜の静寂が好きなのだ。彼女を彷彿とさせる、この雰囲気が。
「早く、帰って来ないかな……」
 もうすぐ高校の卒業式で、あと数週間もすれば、社会人になる。それは必然的に、この施設から出て行くと言う事だ。
 それは、寂しかった。けれど、ハル姉が幸せになってくれれば、と思う。
 ただ、純粋に。
 もう少しで誕生会が始まって仕舞う。祝われる側の自分がいつまでも外にいては迷惑になる。そう思い、諦めて背中を向けて―――
 止まった。
「―――――え」
 呆然と、呟く。
 しかし彼女は、ハル姉と似ている、けれど襟足だけを伸ばした中途半端な髪型の漆黒のそれを無造作に揺らしている彼女は、何の不思議も無いとばかりに微笑んだ。
 極々普通に、微笑んで見せた。
「やあ、真仁」
「……」
 咄嗟に―――言葉を、失う。
 いつ、入って来たのだろう。
 自分はずっと敷地の入口を見詰めていたから、彼女が入って来たら気付かぬ訳が無い。しかし最初からいたらもっと気付いている筈なのだ。
 だが、彼女はそんな不可思議も理不尽も何もかも知った事かと言わんばかりの態度で、口を開く。
「梅が咲いたね」
「…………」
 返答は、し損なった。如何反応しろと言うのだろう。
 彼女は気にする様子も無く続ける。
「梅は良いね。綺麗だ。だが―――私は、桜の方が好きだな」
 なぁ、そうは思わないかい真仁?

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