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標的168

 緩やかに己の中の力を制御する。クロームへの力は敢えて切った。
 多分、今後は、そちらへ力を割く余裕は無くなるだろうから。
 彼女の心配はしなかった。これっぽっちも。
「『彼が何とかしてくれるから』?」
 道化のような男の道化のような言葉に、骸は少しだけ眉を動かした。
 その反応に、嗤う―――。
「……何がしたいのですか?」
 ふと、訊ねた。
 興味は無い。そうするのが自然だとでも思ったのかも知れなかった。
「彼、欲しいなぁ。僕」
「上げませんよ」
 あれは、自分のものではないけれど。
 それでも、この命を賭して惜しくないと知っている。
「だってねぇ、十年後の彼。撃ち殺しちゃったんだもん、僕の部下が」
 馬鹿だよね。
「頭だよ、よりによって。額のど真ん中」
「成る程」
 クフフ、と骸は嗤った。相対する彼と同じようなそれ。
「それでは、ものの役にも立ちませんね」
「でしょう?」
 知識の一つも引き出せない。
「ねぇ、手に入るよね? 彼一人で、世界が」
 比喩でなく、文字通り。
「……如何でしょうね」
 本当に恐ろしいのは『ボンゴレ10代目』ではなく『沢田綱吉』なのだと、一体何人の人間が気付いているのだろうか。
 それでも、と彼は思うのだ。
「仮令、彼がどんな存在であっても。仮令、あの知識がなかったとしても、ただの《登場人物》であったとしても。―――それでも彼は、貴方達の敵となったでしょう」
 それも、強大な。
「さぁね。それは、知らないな」
「知りたくないのでしょう? 恐ろしくて」
 にい、と。
 骸は口の端を吊り上げた。
 それに肩を竦めて、白蘭は言う。
「アルコバレーノ、さ。今はもう死んじゃってるけど。あ、一匹過去から来てるんだっけ?」
 一匹、という表現に特別感想は抱かなかった。ただ、主が聞いたら顔を顰めそうだと思っただけだ。
「あれの呪いの解き方を、沢田綱吉は知ってるでしょう?」
 あぁ、違った。
 君達の言い方で言えば、《識って》いるんだっけ?
「出会ってから数ヶ月。《識った》時には既に、それが手遅れである事をも沢田綱吉は《識って》いた。彼等の体に留まっている特殊物質を取り除けば、呪いは解ける。けれど、その反動は彼等には耐えられない」
 数年、或いは数十年。
 無理矢理に小さくさせられてから成長する事を忘れた体は、急激な変化には耐えられない。
「それ以降、彼はそれについて《識る》のを止め、研究一つ進めようとはしなかった」
「……それが?」
 骸の声は固い。あまりにも、彼の持っている情報は詳し過ぎた。
「技術と魔術を組み合わせた、忌まわしき術式。封じていたそれを彼が掘り起こしたのは、匣が発明されてから」
 或いは彼は。
 それすらも、と―――考え始めれば終わらないのだが。
 何しろ彼は、《理不尽存在》であるからして。
「君達のアジトに張られているアレも、本当は《大賢者》が発明したものでしょう? 多分、研究の副産物か、《識った》か」
「……アルコバレーノの知識を?」
「そう。僕はそれが欲しい。沢田綱吉は、アルコバレーノを生み出す事も元に戻す事も出来る。仮令間に合わなかったとしても、恐らく体に負担を与えない方法は編み出されている筈―――」
 或いは、恐ろしくて実行出来なかったのか。
 何しろ彼は、《大賢者》である前に人間なので。
「怯えている間にこんな事になっていたら、元も子もないのにねぇ?」
「だから彼は、人間なのですよ」
「ふうん?」
 嗤う彼は人間ではなく道化のようなので。
「アルコバレーノ関連の知識を応用すれば、多分リングや匣の力はもっと強くなる。彼はその知識を持っている」
 絶対にね。
「十年前の彼であっても?」
「仮令いつの時代であっても、彼は彼だよ」
 或いはそれは。
 いつまでも王に忠誠を誓う彼等への、皮肉にも聞こえたのだが。
 狐に爬虫類の遺伝子を混ぜ込んだような顔をしたその男は、うっとりとした表情で、うっそりと嗤う。
「《大賢者》。《理不尽存在》。全く素晴らしい」
「クフフ―――そうですねぇ、本当に」
 けれど多分、その素晴らしさは君達には判るまい。
 気に食わない男の眼球を抉り出して握り潰す様を夢想しながら、骸はふと綱吉の事を思った。
 彼は、大丈夫だろうか。
 彼は《大賢者》だ。元々、正気を保っているのが不思議な存在。
 故に、危うい。
 沢田綱吉の心は、喪失の恐怖に耐えられる程強く出来ていない。
 アルコバレーノの呪いを解こうとしなかったのも、要するに臆病であるからだ。
 彼は奇跡を信じない。いつも祈りを捧げているので。
 だから、己の導き出した可能性以外を排除する傾向にある。
「……偶には、馬鹿をやっても良いでしょうに」
 ぼそり、と。
 そう呟いて、骸はゆったりと槍を構えた。
 ぽふぽふと音がしそうな彼の頭を叩いて、説教の一つでもしてやろうと思いながら。

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